「蛇越峠」といわれる怖い名所
大分県由布市湯布院町の市街から少し離れたところに、蛇越展望所という場所がある。
蛇越峠(じゃごしとおげ)という怖い地名伝説が残っているところであるから、車が通れる道路ができる以前であれば相当に山奥に位置していたはずである。
峠を越えてようやく湯布院の町が見えてくるというところであるのだが、場所そのものは高速湯布院インターから降りてすぐのところにある。
名称が蛇越峠であるからそこそこ不気味ではあるのだが、意外にもここからの眺望が素晴らしい。
道路沿いに専用駐車場もあって、展望所兼自然公園のような観光施設になっている。
蛇越峠といわれるだけに、この峠には古い伝説が残されている。
この地の平安期の伝説によると、むかしこの山の麓にある立石池の近くで若い修行僧が草庵に籠もって熱心に修行していたのだという。
彼は近隣の者からは通称立石坊と呼ばれていたが、修行僧でありながらたいへんな美男子であることでも知られていた。
そこへあるとき何の前触れもなく突然、夕暮れ時に一人の娘が修行僧を訪ねてきたのだという。
近くの山里に住む娘であるらしかったが、修行僧はその娘を一目見るなり驚いた。
山里の住人にしては娘は、目鼻立ちが整い、見た目も垢抜けしているではないか。
その娘が余りにも美しい姿形であったことで、たちまち僧は己が修行の身と云うことを忘れてその娘に強く心惹かれてしまう。
若い娘を前にして赤面しつつも、修行僧は挨拶を交わすと親しげに話しかけてみた。
恥じらいがちに話す娘の言葉使いも何やら上品で、会話の途中でころころとよく笑う表情も瑞々しく愛らしい。
それからも娘は修行僧の下へ何度も訪ねてきたが、それはいつも夕暮れ時であった。
娘もイケメンの修行僧に惹かれてしまい、逢っているうちに二人はとうとう情を通じてしまう。
会うほどに、互いの想いが燃え上がっていくようであった。
それ以降、毎夜のように訪ねてくる娘に修行僧はますます心奪われてしまうのであるが、どうしたことか娘が夜にだけに訪ねてくることに、僧は次第に不審を抱くようになる。
何故にあのように美しい娘がこのような山奥まで、夕暮れ時に一人で訪ねてこられるのだろうか、とふと不思議に思ったのだ。
修行僧は、そのことが一旦気になり出すとそのままじっとしておれなくなった。
次の夜、修行僧は娘がやってくる頃合いを見て森陰に隠れて待ち構えていることにした。
すると娘がやって来るであろう時刻になると、遠くから何やら近付いて来る気配と物音がしてきた。
そうこうするうちに夜更けの山奥からは突然生あたたかい風が巻き起こると同時に、巨大な大蛇が現れ山を這い上って峠を越えてくるのを修行僧は目にする。
暗闇の中でも、大蛇の目はらんらんと赤く恐ろしげに燃えているように見えるではないか。
その大蛇の姿を見て修行僧は驚愕し、たちまち体が打ち震えて総毛立つ想いであった。
毎夜通ってくる美しい娘が大蛇の化身であることを知った修行僧は、驚き怖れてそのまま動けなくなり石になったというのが、当地に残されている伝説なのである。
その大蛇が越えてきた峠がこの蛇越え峠ということになるのだが、このように素晴らしい眺望の場所が、どうして怖い大蛇伝説と繋がるのかはどうにも不思議でならないところではある。
おそら昔は霊山として知られる由布岳にも近く、ここらは古来より豊後での仏教や修験道の格好の修行地であっただけに、若い僧たちが修行場としての房舎を設けていたはずである。
この地に若い僧が住んでいれば時たま近隣の村娘とも顔を合わせるだろうから、若い男女同士がどちらかともなく惹かれるということも当然あったはずである。
そこから恋愛に発展すれば、修行そのものは頓挫してしまうことになる。
そういう不祥事を避けるための戒めとして、こうした話しが意図的に創られたのではないかと思う。
それだけに、色恋に惑わされる若い修行僧が少なからずい居たことに何となくほっこりしてしまうではないか。
周囲は森林に囲まれてはいるが、特段陰気な場所でもないし荒れた土地というわけでもない。
ここには大きな岩や石ならそこらにいくらでもあるのだが、果たしてどの石が修行僧のものなのかは分からないだけに、思わず周りの岩の方に目がいってしまう。
蛇越展望所は下の駐車場から山に向かって階段と坂道を上っていくのであるが、割と急勾配であって最後の石段部分で、私めは迂闊にもつま先が引っかかって無様に前のめりに転倒してしまった。
しかも転倒した拍子に、手にしていたデジカメを石段の端にゴツッとぶつけてしまった。
一瞬デジカメが破損したかと案じたのだが、幸いにも本体の端が凹んだだけで済んだ。
もしかしたら、この蹴躓いた石が修行僧のものなのかも知れないのだ。
展望所に辿り着いて周囲を見渡したのであるが、いつ来てもここからの見晴らしは格別である。
観光地湯布院の町が一望の下に見渡せる。
真ん中中央に活火山の由布岳が見える。
その真下に広がるのが温泉地として知られる湯布院盆地であるが、ここは太古の昔は巨大な湖であったとする伝承も残されている。
有史以前の話で、さしずめ「由布湖」がここには存在していたと云うことになるのだが、由布岳を囲むように広大な湖が広がっていたのかも知れない。
由布盆地の手前に張り出して見えるのが、亀山である。
その向こうに湯布院町の市街が広がっている。
由布岳の手前左側の山稜には、広大な別荘地やゴルフ場が広がっている。
右側の山稜には広大な森林や牧場がある。
観光地湯布院はコロナウィルスの騒ぎが終息してきたこともあって、最近また以前のように中国や韓国、タイなどからの多くの観光客で賑わっている。
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